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(1) はじめに
著作物の複製(著作権法21条,2条1項15号)とは,既存の著作物に
依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう
(最高裁判所昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145
頁参照)。ここで,再製とは,既存の著作物と同一性のあるものを作成する
ことをいうと解すべきであるが,同一性の程度については,完全に同一であ
る場合のみではなく,多少の修正増減があっても著作物の同一性を損なうこ
とのない,すなわち実質的に同一である場合も含むと解すべきである。
また,著作物の翻案(著作権法27条)とは,既存の著作物に依拠し,か
つ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的な表現に修正,
増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,
これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得すること
のできる別の著作物を創作する行為をいう。そして,著作権法は,思想又は
感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号),
既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想,感情若しくはアイデア,
事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部
分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,複製にも
翻案にも当たらないと解するのが相当である。(最高裁判所平成13年6月
28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)
このように,複製又は翻案に該当するためには,既存の著作物とこれに依
拠して創作された著作物との同一性を有する部分が,著作権法による保護の
対象となる思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である
(著作権法2条1項1号)。そして,「創作的」に表現されたというために
は,厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは必要ではなく,作者
の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきである。換言すれば,
何らかの個性を発揮し得る程度に,いくつかの表現を選択することが可能な
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ものである必要があり,文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の
表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,
作者の個性が表現されたものとはいえないから,創作的な表現であるという
ことはできない。
したがって,数学の代数や幾何あるいは物理の問題とその解答に表現され
る考え方自体は,アイデアであり,これを何らかの個性的な出題形式ないし
解説で表現した場合は著作物として保護され得るとしても,数学的ないし物
理的問題及び解答に含まれるアイデア自体は著作物として保護されないこと
は当然である。このことは,パズルにおいても同様であり,数学の代数や幾
何あるいは物理のアイデア等を利用した問題と解答であっても,何らかの個
性が創作的に表現された問題と解答である場合には,著作物としてこれを保
護すべき場合が生じ得るし,これらのアイデアを,ありふれた一般的な形で
表現したにすぎない場合は,何らかの個性が創作的に表現されたものではな
いから,これを著作物として保護することはできないというべきである。
以下,原告各パズルと被告各パズルについて,その同一性ないし共通性を
有する部分を認定し,この部分が著作権法による保護の対象となる思想又は
感情を創作的に表現したものといえるかどうかについて,個別に判断する(な
お,パズルによっては,原告各パズル自体の著作物性を判断し,これと被告
各パズルとの類似性を併せて判断することもある。)。
(2) 原告パズルAについて
原告パズルAは,1本の糸を用いて,この糸を上下に交差させた部分(以
下「交点」という。)を6点有する形状のものをAないしDの4箇所にわた
って設け,その糸の両端を引いた際に結び目がAないしDのいずれにできる
かを当てさせる問題である。すなわち,複数の交点を持つAないしDの四つ
の形状の各糸の両端を引いた際に,AないしDの糸のいずれに結び目ができ
るか否かとの問題と実質同一の問題である。
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これに対し,被告パズルAも,同様に交点を6点有する形状の①ないし④
のひもを並べ,それぞれ両端を引っ張ったときに結び目ができるもの一つを
選ばせる問題である。そして,原告パズルAの糸Aは被告パズルAのひも④
と,原告パズルAの糸Bは被告パズルAのひも②と,原告パズルAの糸Cは
被告パズルAのひも③と,上下6箇所の交点が同一であるから同一形状のも
のであり,いずれも両端を引っ張っても結び目ができないものである。これ
に対し,原告パズルAの糸Dと被告パズルAのひも①は,両端を引っ張ると
結び目ができる点では共通しており,全体の形状として類似しているものの,
上下6箇所の交点のうち3箇所の上下が異なるから,同一形状のものではな
い。
このような着想によるパズルは,平成11年発表の原告パズルAよりも以
前から存在し,例えば,昭和44年発行の辰野千寿指導・大島正二出題「ク
イズの学校1」(講談社発行)には,5箇所の交点を有するひも2種類と,
6箇所の交点を有するひも1種類の両端を引いた際に結び目ができるか否か
を問う問題が掲載され(乙1。以下「乙1パズル」という。),昭和53年
発行の辰野千寿指導「なぞなぞちえブック」(講談社発行)には,13箇所
の交点を有するひも1種類の両端を引いた際に結び目ができるか否かを問う
問題が掲載されている(乙2。以下「乙2パズル」という。)。また,昭和
48年発行の本間龍雄著「新しいトポロジー」(講談社発行)には,このよ
うな結び目が,1920年代以降,トポロジストによって数学的に研究され
たことが紹介され,任意の結び目が与えられたときに,それがほどけるかど
うかを判定する方法が述べられている(乙3)。
以上を踏まえて検討するに,原告パズルAと被告パズルAに共通する6箇
所の交点を持つ糸あるいはひもの形状それ自体は,図形と同一視できるもの
であるから,この6箇所の交点を持つ糸あるいはひもの形状それ自体を特定
の者に独占させることは相当ではなく,これらの各糸あるいはひもの形状自
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体を著作物として保護することは相当ではない。また,複数の交点を持つ糸
あるいはひもの両端を引いた際に結び目ができるか否かに着想を得たパズル
を表現する場合,パズルの性質上,組み合わせる交点の数は一定の範囲に限
られると考えられるものの,交点の数を6とするかその前後の数とするかに
ついては選択の余地があり,また,交点の数を6と決めた場合でも,まず,
全体の糸あるいはひもの数を4通りとするかその前後の数とするかについて
選択の余地があり,さらに,糸あるいはひもの数を4通りとした場合でも,
6箇所の交点を有する糸あるいはひもにおける,各交点における糸あるいは
ひもの上下関係や複数の交点の配置の選択の範囲は,少なくとも64通り(2
の6乗)存在するのであるから(なお,左右対称のものを同一と見ても32
通り存在する。),この中から,両端を引っ張って結び目を作らないものを
3通り,結び目を作るものを1通り選択して問題を作成する場合,その選択
(組合せ)については,作者により様々な選択(組合せ)が考えられるもの
である。
この観点からすると,原告パズルAは,6箇所の交点を有する,結び目を
形成しない3通りの糸と結び目を形成する1通りの糸の合計4通りの特定の
形状の糸の選択(組合せ)により,特定のパズルを具体的に表現した点にお
いて,作者による個性的な創作的表現があると認められるから,これを編集
著作物性を有する著作物として保護すべきものと認められる。
これに対し,被告パズルAは,6箇所の交点を有する,結び目を形成しな
い3通りのひもと結び目を形成する1通りのひもの合計4通りのひもを選択
し組み合わせた点,及び,結び目を形成しない3通りのひもの形状(6箇所
の交点の位置)が,原告パズルAと全く同じものを選択した点で原告パズル
Aと同一であり,他方,結び目を形成する1種類のひもについては,全体の
形状として類似しているものの,6箇所中3箇所の交点において原告パズル
Aとはひもの上下関係が異なるひもを選択した点において,原告パズルAと
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異なるものである。
以上によれば,被告パズルAは,6箇所の交点を有している形状のひも4
種類を選択し,そのうち3種類を結び目を作らないひもとし,1種類を結び
目を作るひもとした点,特に,結び目を作らないひも3種類について,6箇
所の交点の組合せにおいて,原告パズルAと異なる組合せから成るひもを選
択することも十分に可能であるのに,原告パズルAにおいて選択されている
糸と全く同じ組合せから成るひも(同じ形状のひも)を選択した点,残り1
種類の結び目を作るひもも,原告パズルAの糸とは6箇所の交点中,3箇所
の交点の組合せが異なる形状のひもであるものの,全体としてみると原告パ
ズルAの糸の形状と類似している形状のものを選択したことからすると,被
告パズルAは,原告パズルAに依拠して作成されたものであり,全体として,
原告パズルAの,上記のような,4種類の形状の糸の選択(組合せ)という
表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであり,原告著作物
Aを翻案したものと認められる。
被告は,ひもの結び目問題は昔から存在すること,ひもに6箇所の交点を
設ける場合,その形状は64通りしか存在せず,そのうち一見して明らかな
ものを除くと問題として成立するものは少ないこと,を主張する。しかし,
乙1パズルは,3種類の形状のひもの組合せであり,そのうち,2種類は,
5箇所の交点から成る形状のものである。また,乙3パズルは,1種類の形
状のひもであり,13箇所の交点から成るものであり,いずれも6箇所の交
点のひもとは異なるひもを採用しているものであり,また,これらのパズル
の存在から明らかなように,ひもの結び目のパズルは,昔から存在するとし
ても,全体のひもの数及び各ひもにおける交点の数と上下の交点の組合せに
より,具体的な表現としては,様々な形状のひもの選択(組合せ)による表
現が可能となるのであり,その表現方法において作者の個性が表れるもので
あることは明らかである。したがって,被告の上記主張はいずれも採用し得
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ない。