「花外楼」です。この会議の成功を祝って木戸孝允より贈られた屋号が「花外楼」であり、以来政界や官界の大立物が、続々と出入りしたそうです。
さて、皆さんは大阪の北浜という場所をご存知でしょうか。現在でこそ証券会社や銀行が立ち並ぶ金融街として知られていますが、実はここには日本の近代史における極めて重要な舞台となった料亭が今なお営業を続けているのです。それが「花外楼(かがいろう)」です。
この料亭の歴史を紐解くと、まず驚かされるのはその創業の古さです。花外楼の前身となる料亭は、なんと江戸時代中期の1770年(明和7年)に「播磨屋」として創業されました。つまり、すでに250年以上もの歴史を誇る老舗中の老舗なのです。当時の大阪は「天下の台所」と呼ばれ、全国から商人が集まる商業都市として栄えていました。そんな活気あふれる大阪で、播磨屋は商人たちの商談の場として、また接待の場として重要な役割を果たしていたのです。
そして明治維新後の激動の時代、この料亭は日本史に名を刻む重要な舞台となります。1875年(明治8年)1月から2月にかけて行われた「大阪会議」です。この会議は、明治政府の方針を巡って対立していた大久保利通、木戸孝允、板垣退助という明治維新の三傑が一堂に会し、日本の将来について話し合った極めて重要な政治会議でした。
当時の政治情勢を少し説明しますと、明治政府内では征韓論を巡る対立から政府を離れた板垣退助らが民撰議院設立建白書を提出し、自由民権運動を始めていました。一方、政府に残った大久保利通は富国強兵政策を推進していましたが、政治的な安定を図るために反政府勢力との和解が必要だと考えていたのです。そこで仲介役を買って出たのが木戸孝允でした。
大阪会議では、大審院(現在の最高裁判所にあたる)の設置、地方官会議(地方の意見を政府に反映させる機関)の開催、そして将来的な立憲政治への移行などが合意されました。この合意により、板垣退助は政府に復帰し、一時的ではありますが政治的な安定がもたらされたのです。日本の近代政治史において、この大阪会議は立憲政治への道筋をつけた記念すべき会議として位置づけられています。
そして、この歴史的な会議の成功を祝して、木戸孝允が料亭に贈ったのが「花外楼」という屋号でした。「花外楼」という名前には深い意味が込められています。これは中国の詩人・林逋の「疏影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏」という梅花を詠んだ詩から着想を得たもので、「花の香りが楼閣の外まで漂う」という雅やかな意味を持っています。木戸孝允の教養の深さと、この料亭への敬意が感じられる素晴らしい命名と言えるでしょう。
花外楼という名前を得てからの同店は、まさに政界・官界の社交場として重要な役割を果たすようになりました。明治から大正、昭和にかけて、数多くの政治家、官僚、実業家がここで重要な会合を開いたのです。例えば、大阪商工会議所の初代会頭を務めた五代友厚も常連の一人でした。五代友厚は「大阪経済界の父」とも呼ばれる人物で、大阪の近代化に大きく貢献した実業家です。
興味深いのは、花外楼が単なる料亭ではなく、日本の政治・経済の舞台裏を支える場所として機能してきたことです。公式の会議では話しにくい微妙な政治的駆け引きや、重要な人事の相談、そして政財界の人脈作りなど、日本の近現代史の重要な局面で、この料亭が果たした役割は計り知れません。
現在の花外楼は、創業当時の面影を残しながらも、現代のニーズに合わせて進化を続けています。伝統的な日本料理はもちろんのこと、接待や会合に適した個室も充実しており、今でも政財界の重要な会合が開かれることがあります。また、一般のお客様にも門戸を開いており、その格調高い雰囲気と洗練された料理を楽しむことができます。
特に注目すべきは、花外楼が大阪の食文化の発展にも貢献してきたことです。大阪は「食い倒れの街」として知られていますが、その背景には花外楼のような老舗料亭が培ってきた高い料理技術と、お客様をもてなす心があるのです。季節の食材を活かした繊細な日本料理は、多くの美食家たちを魅了し続けています。
北浜という立地も、花外楼の魅力の一つです。大阪証券取引所や日本銀行大阪支店などが近くにあり、現在でも関西経済の中心地として機能しています。この場所で250年以上にわたって営業を続けているということは、それだけ多くの人々に愛され、支持されてきた証拠と言えるでしょう。
花外楼の存在は、単に一つの料亭の歴史を超えて、大阪という街の文化的な奥深さを物語っています。商業都市として発展してきた大阪には、このような歴史と伝統を誇る老舗が数多く存在し、それらが大阪の文化的なアイデンティティを支えているのです。
次回大阪を訪れる際には、ぜひ北浜の花外楼にも注目してみてください。その建物を眺めながら、ここで日本の近代政治の重要な方向性が決められたのだと思うと、きっと大阪という街への理解がより深まることでしょう。歴史と現代が共存する大阪の魅力を、改めて感じることができるはずです。
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