みなさんは、コンサートで感動的な演奏を聴いたり、好きなアーティストのCDを買ったり、テレビやラジオで音楽を楽しんだりしていますね。実は、こうした場面では、楽曲を作った作詞家・作曲家の著作権だけでなく、それとは別の「著作隣接権」という権利も関わっているのです。
今回は、意外と知られていないこの「著作隣接権」について詳しくお話しします。これは、著作物そのものを創作した人ではないけれど、その著作物を私たちに届ける上で重要な役割を担っている人たちに与えられる特別な権利なのです。
著作隣接権って何?なぜ必要なの?
著作隣接権とは、文字通り「著作権に隣接する権利」という意味です。著作物の創作者ではないものの、著作物を世に広める際に欠かせない役割を果たしている人々に認められた権利のことを指します。
例えば、ベートーヴェンの「運命」という楽曲があったとします。この楽曲自体の著作権は既に切れていますが、現代のオーケストラがこれを演奏してCDにした場合、そのCDには新たな価値が生まれます。指揮者の解釈、演奏家たちの技術、録音エンジニアの技術、レコード会社の投資など、多くの人々の創意工夫と労力が込められているからです。
このような貢献を保護するために設けられたのが著作隣接権制度です。日本では以下の4つのグループに著作隣接権が認められています:
- 実演家(歌手、演奏家、俳優、ダンサーなど)
- レコード製作者(レコード会社など)
- 放送事業者(テレビ局、ラジオ局)
- 有線放送事業者(ケーブルテレビ局など)
実演家の権利:舞台やスタジオでの表現を守る
実演家って具体的にどんな人?
実演家とは、「実演を行う者及び実演を指揮し、又は演出する者」をいいい、俳優・舞踊家・歌手が条文上例示列挙されています(著作権法第2条第1項第4号)。他に例を挙げてみると以下の通りです:
- 音楽系:歌手、ピアニスト、バイオリニスト、ドラマーなど
- 演劇系:俳優、女優、声優など
- 舞踊系:バレエダンサー、日本舞踊家、コンテンポラリーダンサーなど
- その他:落語家、漫才師、マジシャン、アクロバット演者など
- 指導者:オーケストラの指揮者、演劇の演出家など
興味深いことに、著作物を演じない芸能(例:手品や曲芸)を行う人も実演家に含まれます。
実演家が持つ人格的な権利
実演家には、著作者人格権と似た「実演家人格権」が認められています:
氏名表示権(第90条の2) 自分の実演について、本名を表示するか、芸名を使うか、それとも名前を出さないかを決める権利です。例えば、映画に出演した俳優が「田中太郎」という本名ではなく「田中タロー」という芸名でクレジットされることを希望できます。
同一性保持権(第90条の3) 自分の実演が、名誉や評判を傷つけるような形で改変されることを防ぐ権利です。例えば、シリアスな演技をした俳優の映像が、後からコメディー調に編集されて本人の意図と全く違う印象を与えるような使い方をされた場合、これを拒否できます。
実演家が持つ財産的な権利
録音権・録画権(第91条) 自分の実演を音や映像として記録される際に、許可する・しないを決める権利です。コンサートで演奏している際に、レコード会社が録音したいと申し出た場合、演奏家はこれを承諾することも断ることもできます。
放送権・有線放送権(第92条) 自分の生演奏がテレビやラジオで放送される際の権利です。ライブハウスでの演奏が突然テレビ中継されることになった場合、出演者の許可が必要になります。
送信可能化権(第92条の2) インターネット配信などで、いつでもアクセスできる状態に置かれる際の権利です。動画サイトに演奏動画をアップロードする場合などに関わってきます。
譲渡権(第95条の2) 自分の実演が録音・録画されたCDやDVDなどが販売される際の権利です。ただし、一度適法に販売された後の中古販売などには権利は及びません(消尽)。
貸与権(第95条の3) 自分の実演が収録された商業用CDが貸し出される際の権利です。ただし、この権利は発売から1年間に限られます。
二次使用料を受ける権利(第95条) これは特に重要な権利です。実演家が録音に同意してCDが作られた後、そのCDがラジオやテレビで使用された場合、放送局から使用料を受け取る権利です。例えば、歌手がレコーディングした楽曲がラジオでオンエアされるたびに、歌手は放送局から使用料を受け取れます。
貸レコードについて報酬を受ける権利(第95条の3第3項) CDが発売から1年経過後にレンタルされた場合、レンタル業者から報酬を受け取る権利です。
「ワンチャンス主義」という特別なルール
実演家の権利には「ワンチャンス主義」という興味深いルールがあります(第91条第2項)。これは、実演家が一度映画への出演に同意すると、その後その映画がDVDになったりする際には、改めて許可を求められることがないというルールです。
つまり、映画出演の契約時が「ワンチャンス」(一度きりの機会)で、その時点で将来の様々な利用についても同意したとみなされるのです。これは映画産業の特殊性を考慮した規定ですが、実演家にとっては注意が必要なポイントです。
レコード製作者の権利:音楽産業を支える事業者を保護
レコード製作者って誰のこと?
レコード製作者とは、音を最初に録音する際の制作責任を負う人や会社のことです。多くの場合、レコード会社がこれに該当します。彼らは録音のための設備投資、スタジオ代、エンジニア費用、マーケティング費用など、多額の投資を行います。
レコード製作者の権利
複製権(第96条) 製作したレコードがコピーされることを管理する権利です。海賊版の製造などを防ぐ重要な権利です。
送信可能化権(第96条の2) 音楽配信サービスなどでいつでもダウンロードできる状態に置くことを管理する権利です。
譲渡権(第97条の2) CDなどの販売をコントロールする権利です。実演家と同様、一度適法に販売された後の転売には権利は及びません。
貸与権(第97条の3) CDレンタルをコントロールする権利で、発売から1年間に限られます。
二次使用料・レンタル報酬を受ける権利(第97条、第97条の3第3項) 実演家と同様に、放送使用時の使用料やレンタル時の報酬を受け取る権利があります。
放送事業者・有線放送事業者の権利:電波に乗せる役割を保護
放送局が持つ権利
テレビ局やラジオ局も、番組制作のための多額の投資や技術的な努力を行っています。これらを保護するため、以下の権利が認められています:
複製権(第98条、第100条の2) 放送番組が無断で録音・録画されることを防ぐ権利です。
再放送権・再有線放送権(第99条、第100条の3) 他の放送局が自分の番組を勝手に再放送することを防ぐ権利です。
送信可能化権(第99条の2、第100条の4) 放送番組をインターネットで配信する際の権利です。最近のテレビ局の見逃し配信サービスなどに関わる重要な権利です。
伝達権(第100条、第100条の5) 大型スクリーンでの上映など、特別な装置を使った公開時の権利です。
著作隣接権の保護期間:著作権より短い場合も
著作隣接権の保護期間は著作権とは異なります(第101条):
- 実演:実演が行われた時から70年
- レコード:CD販売等が行われた時から70年
- 放送・有線放送:放送された時から50年
注目すべきは、放送については50年と他より短い点です。これは技術の進歩が速い分野であることを考慮したものと考えられます。
権利の管理:個人では難しいからこそ団体で
指定管理団体制度
実演家やレコード製作者の二次使用料やレンタル報酬については、個々の権利者が直接放送局やレンタル業者と交渉するのは現実的ではありません。そこで、文化庁長官が指定した団体が一括して権利処理を行う「指定管理団体制度」があります。
現在、以下の団体が指定されています:
- 実演家の権利:公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)
- レコード製作者の権利:一般社団法人日本レコード協会
これらの団体が放送局などと使用料を交渉し、集めた使用料を一定のルールに従って権利者に分配しています。
日常生活での著作隣接権:知っておきたい場面
店舗でのBGM
美容院やカフェなどでCDをそのまま流す場合、作詞・作曲者の著作権については音楽著作権協会(JASRAC)から許諾を得る必要がありますが、実演家やレコード製作者の著作隣接権については、現在の日本の法律では演奏権がないため、追加の許諾は不要です。
ただし、外国では実演家やレコード製作者にも演奏権を認めている国があるため、国際的には議論のある分野です。
カラオケでの歌唱
カラオケで歌う際は、楽曲の著作権については使用料が発生しますが、歌っている人の「実演」については新たな実演として扱われ、原盤の実演家の権利とは別の問題になります。
動画投稿サイトへのアップロード
既存の楽曲に合わせて踊った動画をアップロードする場合、楽曲の著作権だけでなく、その楽曲の実演家やレコード製作者の権利も関わってくる可能性があります。
国際的な保護:世界に広がる隣接権制度
著作隣接権は国際条約でも保護されています:
- 実演家等保護条約(ローマ条約、1961年):実演家、レコード製作者、放送事業者の権利を国際的に保護
- レコード保護条約(1971年):レコードの海賊版対策を国際協力で実施
- WIPO実演・レコード条約(1996年):デジタル時代に対応した保護を規定
これらの条約により、日本の実演家の権利は海外でも保護され、逆に外国の実演家の権利も日本で保護されています。
まとめ:見えないところで支える人たちの権利
著作隣接権は、私たちが日常的に楽しんでいる音楽、テレビ番組、映画などを実際に世に送り出すために欠かせない人々の権利です。
作詞・作曲者が楽曲を生み出しても、実演家が演奏し、レコード会社が制作し、放送局が電波に乗せなければ、私たちの耳に届くことはありません。著作隣接権制度は、こうした「縁の下の力持ち」的な役割を果たす人々の創意工夫と投資を保護し、結果として私たちがより豊かな文化的コンテンツを楽しめる環境を支えているのです。
次回は、これらの権利が国境を越えてどのように保護されているか、「ボーダーレスな権利保護」について詳しくお話しします。グローバル化が進む現代において、著作権や著作隣接権がどのように国際的に調和されているかは、とても興味深いテーマです。
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