みなさん、こんにちは。著作権解説シリーズも今回で5回目を迎えました。これまで作品を創作した人の権利について詳しく見てきましたが、今回は少し違った角度から知的財産の世界を覗いてみましょう。
「作る人」以外にも権利がある?
音楽を例に考えてみてください。あなたが好きな楽曲があるとして、その楽曲には作詞家・作曲家の著作権があることは、これまでの記事でお話ししてきました。しかし、実際にその楽曲を聴くためには、歌手が歌い、演奏家が楽器を奏で、レコード会社が録音・制作し、ラジオ局が放送する必要があります。
これらの人々や会社は、作品そのものを創作したわけではありませんが、作品を私たちの元に届けるために重要な役割を果たしています。そんな彼らにも、特別な権利が認められているのです。これを「著作隣接権」と呼びます。
隣接権が生まれた理由
なぜこのような権利が必要になったのでしょうか?
想像してみてください。有名なピアニストがベートーベンの楽曲を演奏したとします。ベートーベンの楽曲自体は既に著作権の保護期間が終了しているため、誰でも自由に演奏できます。しかし、そのピアニストの素晴らしい演奏を勝手に録音・販売されてしまったら、演奏家としてはたまりませんよね。
また、レコード会社が多額の費用をかけて録音・制作したCDを、他の会社が勝手にコピーして安価で販売してしまったら、音楽業界が成り立たなくなってしまいます。
このように、創作活動を支える人々の努力と投資を保護するために、隣接権という仕組みが設けられたのです。
隣接権を持つのは誰?
隣接権を持つのは、主に以下の4つのグループです:
1. パフォーマー(実演家)
歌手、楽器演奏者、俳優、ダンサー、朗読者など、作品を実際に演じる人たちです。オーケストラの指揮者や演劇の演出家も含まれます。
興味深いことに、マジシャンや大道芸人のように、既存の作品を演じるわけではないけれど芸能的な要素を持つパフォーマンスを行う人も、実演家として扱われます。
2. レコード制作者
音楽や音声を録音・制作する会社や個人です。現代でいえば、CDやデジタル音源を制作する音楽レーベルがこれにあたります。
3. 放送局
テレビ局やラジオ局のことです。番組を放送することで、著作物を広く一般に伝える役割を果たしています。
4. ケーブルテレビ事業者
有線でテレビ番組を配信する事業者です。インターネット配信サービスとは異なり、従来のケーブルテレビを運営する会社を指します。
実演家が持つ権利の種類
実演家の権利は、人格的な権利と財産的な権利の2つに大きく分かれます。
人格的権利
名前を表示する権利 自分の実演について、本名で表示するか、芸名で表示するか、それとも匿名にするかを決められる権利です。
改変されない権利 自分の実演を、名誉や評判を傷つけるような形で勝手に変更されない権利です。例えば、真面目な歌を歌った録音を、コメディ番組で面白おかしく編集されることを拒否できます。
財産的権利
録音・録画を許可する権利 自分の演奏や歌唱を録音・録画する際に、許可を求められる権利です。
放送を許可する権利 自分の実演をテレビやラジオで放送する際の許可権です。
インターネット配信を許可する権利 現代では特に重要な権利で、自分の実演をオンラインで配信する際の許可権です。
CDなどの販売を許可する権利 自分の実演が録音されたCDやDVDなどを販売する際の許可権です。ただし、一度正当に販売された後の中古販売には、この権利は及びません。
レンタルを許可する権利 自分の実演が録音されたCDのレンタルについての権利です。ただし、この権利は販売開始から1年間に限定されています。
二次使用の対価を受け取る権利 既に販売されているCDがラジオやテレビで流された際に、放送局から使用料を受け取る権利です。
実演家の権利の特殊事情
実演家の権利には、「ワンチャンス原則」という特殊なルールがあります。これは、映画やドラマの撮影に参加することに同意した実演家は、その後その映像がDVDになったり、テレビで放送されたり、インターネットで配信されたりしても、改めて許可を求められることがないという仕組みです。
つまり、映画に出演することに同意した時点で、その後の様々な利用についても包括的に許可したものとみなされるのです。これは映像制作の実務上の必要性から設けられたルールです。
レコード制作者の権利
レコード制作者(レーベル)には、以下のような権利があります:
複製を許可する権利 制作したレコードをコピーする際の許可権です。
インターネット配信を許可する権利 制作したレコードをオンラインで配信する際の許可権です。
販売を許可する権利 制作したレコードのCDなどを販売する際の許可権です。
レンタルを許可する権利 制作したレコードのレンタルについての権利(販売開始から1年間限定)です。
二次使用の対価を受け取る権利 制作したレコードがラジオやテレビで使用された際の使用料を受け取る権利です。
放送局の権利
放送局には、以下のような権利があります:
録音・録画する権利 放送内容を録音・録画する権利です。
再放送する権利 自分の放送を他の放送局が再放送する際の許可権です。
インターネット配信する権利 放送内容をインターネットで配信する際の許可権です。
大型スクリーンでの上映を許可する権利 例えば、スタジアムの大型ビジョンやビルの外壁ディスプレイで放送内容を流す際の許可権です。
権利の保護期間
隣接権の保護期間は、権利の種類によって異なります:
- 実演家の権利: 実演が行われた時から70年
- レコード制作者の権利: レコードが発売された時から70年
- 放送局の権利: 放送が行われた時から50年
二次使用料の仕組み
実演家とレコード制作者には、「二次使用料」という特別な権利があります。これは、市販のCDがラジオやテレビで流された際に、放送局から使用料を受け取る権利です。
この権利の管理は、個々の実演家やレコード会社が直接行うのではなく、指定された団体が一括して行います。現在、実演家については「日本芸能実演家団体協議会」が、レコード制作者については「日本レコード協会」が、この業務を担当しています。
身近な例で考えてみよう
カラオケボックスでの歌唱
あなたがカラオケボックスで歌を歌う場合を考えてみましょう。
- 楽曲の作詞・作曲者には著作権があります
- カラオケの伴奏を歌った歌手には実演家の権利があります
- その伴奏を録音・制作した会社にはレコード制作者の権利があります
カラオケ店は、これらすべての権利者から許可を得て(実際には権利管理団体を通じて)、営業を行っています。
街角での大道芸
大道芸人が路上でパフォーマンスを行っている場合、その人は実演家として隣接権を持ちます。そのパフォーマンスを勝手に録画・録音して商業利用することは、実演家の権利を侵害することになります。
音楽配信サービス
SpotifyやApple Musicなどの音楽配信サービスが楽曲を配信する場合:
- 楽曲の著作権者(作詞・作曲者)から許可が必要
- 実演家(歌手・演奏者)から許可が必要
- レコード制作者から許可が必要
つまり、一つの楽曲を配信するだけでも、多くの権利者から許可を得る必要があるのです。
隣接権と著作権の違い
隣接権と著作権の主な違いをまとめると:
保護期間
- 著作権:原則として作者の死後70年
- 隣接権:実演・録音・放送から50〜70年
権利の譲渡
- 著作権:自由に譲渡可能
- 隣接権の人格的部分:譲渡不可
権利の発生
- 著作権:創作と同時に自動発生
- 隣接権:実演・録音・放送と同時に自動発生
国際的な保護
隣接権も著作権と同様に、国際条約によって相互保護の仕組みが確立されています。主要な条約には:
- ローマ条約(実演家、レコード制作者、放送事業者保護条約)
- WPPT(WIPO実演・レコード条約)
- 北京条約(視聴覚的実演に関する条約)
などがあります。
現代における隣接権の重要性
デジタル技術の発展により、隣接権の重要性はますます高まっています。
ストリーミング配信の普及 音楽や動画のストリーミング配信が主流となる中、実演家やレコード制作者の権利保護は極めて重要です。
ユーザー生成コンテンツ YouTubeやTikTokなどで一般ユーザーが投稿する動画にも、他人の実演やレコードが含まれることが多く、隣接権への理解が必要です。
AI技術の発展 AI技術によって実演家の声や演奏スタイルを模倣する技術が発展する中、実演家の権利保護の議論も活発化しています。
まとめ
隣接権は、著作物を私たちの元に届けるために重要な役割を果たす人々を保護する制度です。作品を創作する人だけでなく、それを演じ、録音し、放送する人々の努力と投資も適切に保護されることで、豊かな文化的環境が維持されています。
私たちが日常的に楽しんでいる音楽、映像、放送コンテンツの背景には、多くの権利者が存在し、それぞれが重要な役割を果たしていることを理解していただけたでしょうか。
次回は、これらの権利が国境を越えてどのように保護されているかについて、詳しく見ていきたいと思います。グローバル化が進む現代において、国際的な権利保護の仕組みは私たちの生活にも密接に関わってくる重要なテーマです。
どうぞお楽しみに!
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