著作権の世界を8回にわたって解説してきて、今回はいよいよ実践編です。「他人の作品を使いたいけれど、どうやって手続きすればいいの?」という疑問にお答えします。
これまでの記事で、著作権の基本的な仕組みや権利の内容について学んできました。でも実際に他人の作品を使う場面になると、「理論は分かったけれど、具体的にはどうすればいいの?」と困ってしまう方も多いでしょう。
安心してください。今回は、そんな実務的な疑問を解決していきます。
基本的な考え方:まずは許可を取ろう
他人の著作物を使いたいときの大原則は、権利者から許可をもらうことです。これを「利用許諾」と呼びます。
想像してみてください。あなたが大切に育てた庭の花を、誰かが勝手に摘んで持って行ったらどう感じるでしょうか?きっと良い気はしませんよね。著作物も同じです。作者が心を込めて創作した作品を使うなら、まずは「使わせてください」とお願いするのが礼儀です。
ただし、法律で定められた特別な場合(これまでの記事で説明した「権利制限」の場面)では、許可なしに使えることもあります。
許可をもらう手順:ステップバイステップ
1. 権利者を特定する
最初にやるべきことは、誰が権利を持っているかを調べることです。
個人作家の場合
- 小説なら作家本人
- 楽曲なら作詞家・作曲家
- 絵画なら画家本人
企業や団体の場合
- 映画なら制作会社
- 雑誌記事なら出版社
- 企業サイトのコンテンツならその企業
注意点:作者と権利者が違う場合があります。例えば、フリーランスのデザイナーが企業から依頼されて作ったロゴの権利は、契約によって企業に移っていることが多いです。
2. 連絡先を調べる
権利者が分かったら、次は連絡先を探します。
調べ方の例
- 作品に記載されているクレジット表示
- 出版社や制作会社の公式サイト
- 著作権管理団体への問い合わせ
- インターネット検索
音楽の場合は、JASRAC(日本音楽著作権協会)のような管理団体が権利を預かっていることが多いので、そちらに問い合わせると効率的です。
3. 利用目的と条件を整理する
連絡する前に、以下の内容を整理しておきましょう。
必ず伝える内容
- どの作品を使いたいか(タイトル、作者名など)
- 何の目的で使うか(商業利用、教育目的、個人の趣味など)
- どのように使うか(印刷物、ウェブサイト、動画など)
- どの範囲で使うか(全体か一部か)
- いつからいつまで使うか
- どこで使うか(日本国内、世界全体など)
- 予算はどの程度か
4. 正式に申請する
電話やメールで概要を確認したら、正式な申請書を提出します。多くの場合、権利者側が専用の申請フォームを用意しています。
申請時のポイント
- 利用目的を詳しく、正直に説明する
- 使用期間や範囲を明確にする
- 予算の上限があれば事前に伝える
- 急ぎの場合は、その理由も説明する
5. 契約書を交わす
許可が出たら、必ず文書で契約を結びます。口約束だけでは後でトラブルになる可能性があります。
契約書に含まれる主な内容
- 使用する作品の特定
- 利用の範囲と期間
- 使用料の金額と支払方法
- クレジット表示の方法
- 禁止事項
- 契約違反時の対応
管理団体を活用しよう
個々の権利者を探すのは大変ですが、多くの場合、専門の管理団体が権利者から委託を受けて管理しています。
音楽の著作権管理団体
JASRAC(ジャスラック) 日本で最も規模の大きい音楽著作権管理団体です。多くの楽曲がここで管理されています。
その他の管理団体
- NexTone(旧JRC)
- イーライセンス
利用手続きの例
カフェでBGMとして音楽を流したい場合を考えてみましょう。
- JASRACのウェブサイトにアクセス
- 「店舗での音楽利用」の手続きページを確認
- 必要な書類をダウンロード
- 店舗の面積や営業時間などの情報を記入
- 年間の使用料を計算(面積や利用時間に応じて決まります)
- 申請書を提出し、使用料を支払う
このように、管理団体を通せば、個別に作詞家・作曲家を探す必要がありません。
著作権の買取りという選択肢
使用許可ではなく、著作権そのものを買い取る(譲渡を受ける)という方法もあります。
譲渡のメリット
- 一度買い取れば、その後は自由に使える
- 他人に使用を許可することもできる
- 長期的に見ると経済的な場合がある
譲渡のデメリット
- 初期費用が高い
- 人格権は作者に残るため、作品の内容を勝手に変更できない
- 後で「やっぱり返して」と言われる可能性がある
譲渡契約の注意点
「買取り」という言葉だけでは、著作権の譲渡までは意味しない場合があります。契約書には「Aの著作権をBに譲渡する」という条項を明確に記載する必要があります。
権利者が見つからない場合の救済制度
一生懸命探しても権利者が見つからない場合があります。そんなときのために、国が用意している救済制度があります。
文化庁長官の裁定制度
これは、権利者不明の著作物を適法に利用するための公的な制度です。
利用の流れ
- 権利者を探すための「相当の努力」を行う
- 文化庁に仮申請を行う
- 著作権情報センターに広告を掲載
- 7日間待っても権利者が現れなければ正式申請
- 文化庁が審査し、適当と認めれば裁定
- 補償金を供託して利用開始
「相当の努力」とは?
以下のような調査を行ったという証明が必要です。
- インターネットでの検索
- 関連する出版社や制作会社への問い合わせ
- 著作権管理団体への照会
- 同業者団体への問い合わせ
- 公的な登録制度での確認
申請中利用制度
正式な裁定が出る前でも、担保金を供託すれば利用を開始できる制度です。急いで使いたい場合に便利です。
実際の契約で気をつけるポイント
利用範囲を明確にする
時間的範囲
- 「3年間」「2025年3月まで」など具体的に
- 「永続的に」という表現は避ける方が安全
地域的範囲
- 「日本国内のみ」「アジア地域」「全世界」など
- インターネットの場合は世界中からアクセス可能なので注意
利用方法の範囲
- 「印刷物のみ」「ウェブサイトのみ」など
- 後で他の用途にも使いたくなったら追加契約が必要
使用料の決まり方
定額制 年間や月額で一定額を支払う方法
従量制 売上や利用回数に応じて支払う方法
一括払い 最初に一回だけ支払って終了
組み合わせ 初期費用+売上の一定割合など
クレジット表示
著作者の名前をどのように表示するかも重要です。
表示方法の例
- 「© 2024 田中花子」
- 「写真提供:山田太郎」
- 「楽曲:佐藤音楽(作詞・作曲)」
表示する場所や文字の大きさについても、事前に確認しておきましょう。
デジタル時代特有の注意点
SNSでの利用
Instagram、TikTokなど 投稿した内容は世界中から見られるため、利用許諾の地域的範囲に注意が必要です。
BGM付き動画 動画に音楽を付ける場合、楽曲の著作権とは別に、レコード(音源)の権利も関係してきます。
ウェブサイトでの利用
検索エンジン対策 画像に著作権がある場合、検索エンジンにインデックスされることで想定以上に広まる可能性があります。
リンクとシェア 他人がリンクを貼ったりシェアしたりすることで、利用範囲が拡大する可能性を考慮しましょう。
トラブルを避けるための実践的なアドバイス
記録を残す
やり取りの記録
- メールのやり取りを保存
- 電話での話し合いは後でメールで確認
- 契約書は原本を保管
支払いの記録
- 使用料の領収書
- 振込明細書
- 契約更新の履歴
疑問があれば専門家に相談
弁護士 複雑な契約や高額な取引の場合
著作権相談室 著作権情報センターが無料相談を受け付けています
業界団体 利用する分野の業界団体に相談窓口がある場合があります
契約書は必ず読む
よくある落とし穴
- 自動更新条項(勝手に契約が延長される)
- 独占利用条項(他の人が使えなくなる)
- 損害賠償条項(問題が起きたときの責任範囲)
分からない条項があれば、遠慮なく質問しましょう。
まとめ:適法利用は難しくない
ここまで読んで「なんだか大変そう…」と思われたかもしれません。でも、実際にやってみると、多くの場合は想像しているより簡単です。
覚えておいてほしいポイント
- まずは権利者を特定する
- 利用目的と範囲を明確にする
- 管理団体を活用する
- 必ず文書で契約する
- 疑問があれば専門家に相談する
著作権は「創作者を守るための制度」ですが、同時に「適切な手続きを踏めば誰でも利用できる制度」でもあります。正しい手順を踏むことで、お互いに気持ちよく取引ができるのです。
次回は第9回「権利侵害時の法的制裁 – 損害賠償と刑事罰のリアル」をお届けします。万が一トラブルが起きてしまった場合について詳しく解説しますので、お楽しみに。
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